四章〜狙われる者〜
「レオン殿、こちらです」
すっかり日も暮れた頃、俺は聖騎士団の衛兵に付き添われながら大聖堂の外へと歩いていた。先の話し合いの通り、これから司教が用意した宿へと向かうのだ。
門を出たところで一度振り返り、見送ってくれたチカを見る。
解っています。
そう言わんばかりに、チカはしっかりと頷く。俺も、頼んだぞと頷き返す。衛兵は俺達のやり取りにさして疑念も持たず、護衛についていた。宿まではそう遠くなく、ここから西へ少し行ったところにあるらしい。こちらにとっては好都合だが――俺の予感が正しければ、そう簡単に事は運んでくれまい。
やがて比較的大きな宿に着く。流石に司教の紹介。国の要人なども泊めている所なのだろう。造りもしっかりしていて、通された部屋の内装もなかなかだった。
普段なら喜ばしいところだが、生憎今回はそうも言ってられない。部屋の扉を閉めて一人になろうとした時、ここまで付いて来た若い衛兵の口から、予想通りの言葉が出てきたからだ。
「我々はこれから、周辺の警護に当たります。何かお気づきの点がございましたら、何時でもお申し付け下さい」
「……解った」
特に意見はしない。ここで何か言って、かえって向こうの警戒心を強めたくなかったからだ。扉が閉められ外から鍵がかけられたが、これも予想内のこと。
さて……俺は体よく閉じ込められたって訳だ。
予感は、確固たる確信へと変わる。さっきの兵士は、扉の前から動く様子はない。彼の分担はこの部屋の前なのだろう。カーテンの閉じられた窓から盗み見ると、宿の入り口に二人、周りに少なくとも五人の守護――もとい監視役がいる。ここを気付かれずに脱出するのは、中々骨が折れそうだ。
「……ふぅ」
息を一つ吐いて、精神を集中させる。
時間はあまりない。奴等が配置につき終わり、完璧な包囲網を敷かれる前に動かなければならない。幸い扉の前にいるのは、さっきの若い衛兵。見たところ新人で、人の良さそうなほっそりとした顔つきをしている。殆ど経験も積んでいないように見えた。謀るのは簡単だろう。
問題はこの近くに他の見張りがいるかどうかだが、それもやってみなければ判らない。結局は行動あるのみだ。
「……始めるとするか」
決意を言葉にして、気合を入れる。やはりまずは、食いつきのいい餌を撒かないとな……。
「うわぁっ!」
俺はいきなり素っ頓狂な声を上げると、わざと慌しく扉へ駆け寄り、打ち破らんばかりの勢いで戸を叩く。
「おいっ、火事だ! 灯りの火がベッドについちまった! ここを開けてくれ! でないと死んじまう!」
限りなく情けない声を出して助けを請う。ちゃんと演技できるか不安だったが、言っている自分が情けなくなるぐらいの声は出ている筈だ。
「ちょっ、ちょっと待て!」
兵士も火事と聞いて焦ったか、急いで鍵を開け、部屋に入ろうとする。だが扉は開かない。俺が扉を内から押し、開かないようにしているからだ。
「おい、この……ッ! どうして開かないんだよっ! 鍵が壊れたのか?」
若い男の狼狽が、扉越しにも手に取るように解る。いざとなれば本気で何かを燃やすつもりでいたのに、ここまで簡単にいくとは嬉しい誤算だ。
「他に誰かいないのか?!」
「警護の打ち合わせで持ち場を離れてて、ここには俺一人しか――」
しめた、バカが!
心の中で歓声を上げ、さっとドアの前から身を引く。俺という邪魔がなくなった扉はいとも簡単に開き、若い兵士は雪崩れ込むようにして部屋に入ってくる。勿論、そこには火事の現場なんてない。
訳がわからず、一瞬呆然とする兵士。そして次の瞬間、強烈な拳を顔面に受けた兵士は呆気なく床に倒れた。
誰も見ていないことを確認してから、何事もなかったかのように扉を閉める。取り合えず第一段階は成功のようだ。火事という餌は効果覿面だった。
しかし……。
気絶した兵士を見下ろす。大の字に倒れたその姿は、馬車に轢かれたカエルのようで限りなく情けない。とりあえず、身ぐるみ剥いで縛っておこう。その内誰か、気付いてくれる筈だ。
衛兵を縛ってから、今しがた頂戴した聖騎士団の鎧を身に着ける。この暗がりだ。少し見ただけでは誰とも気付かないだろう。この格好で、何食わぬ顔をしながらここを出る。どこまで通用するか疑問だが、他に有効な手立てもない。
もし見破られた時は――この場にいる全員を殺すまで。
意を決し、部屋を出ようとしたその時だった。
――コンコン。
「レオン殿ですね。ここを開けてはもらえませんか」
不意のノック。そして男の声。心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。まさか、さっきの場面を見られていたのか?
床には倒れている兵士と、それが撒き散らした血が床を点々と彩っている。今更誤魔化しようもない。ドア越しの相手に、俺はどう対応すればいい?
逡巡する俺だったが、次に兵士の口から出てきたのは、意外な言葉だった。
「大聖堂のチカから話を聞きました。貴方の話が本当なら、是非協力させて下さい」
チカから……?
「……入ってくれ」
扉から十分に離れてから、男に向かって言う。静かに入ってきたのは衛兵――つまりは今の俺と同じ格好――の男だった。だがかなり良い体躯で、さっきの男よりも一回りも二回りも大きく見える。
「……アンタの話、聴こう」
不意討ちなどはなかったが、俺は警戒を緩めない。剣は抜いたままだし、投げナイフは、既に男の眉間に照準を合わせている。だが男は、そんな俺にまるで怯むことなく自らの名を名乗った。
「私はゴルドといいます。チカが言っていた、協力者の一人だと思って下さい。貴方をここから出すために、こうしてやって来ました」
確かにチカは「信頼出来る人に協力を頼みます」と言っていたが、まさか聖騎士団の人間がやって来るとは思わなかった。やはり教会も、一枚岩という訳ではないらしい。
「信用してもらえますか?」
「……ああ」
今は彼女を、そしてこの男を信用するしかない。俺はチカを信じてこの話を持ちかけたのだ。この男がそのチカの信じる人物なら、俺も信じるしかない。
「それで、どう俺を助けてくれるんだ?」
「簡単です。私が外へ出て、レオン殿が、ここから西にある門へ逃げたと叫びます。貴方はその隙をついて北――チカの待つ所へ行くだけです。この宿を出るタイミングは私が知らせます。この部屋に向け、剣で大きく円を三度描く。それが合図です」
解ったと俺は頷く。時間が惜しい。そうと決まれば早速行動開始だ。ゴルドもその辺りは心得ているらしく、頷き返すとすぐに部屋を出て行く。
彼が部屋を後にしてから暫時の後、闇を揺さぶるような怒声が外に響き渡る。
「レオンが脱走したぞ! 総員、後を追えぇぇぇぇぇぇっ!」
続いて見張り達の狼狽の声も聞こえてくる。
「おいっ、どういうことだ! 何時の間に……!」
「まずいぞ! 逃がしたら俺達ギロチンいきだ!」
「グズグズするな! 奴は西門に向かったらしい、追うぞ!」
死の焦燥に駆られ、偽りの情報を追って西門へと走っていく兵士達。そしてその最後の背を見送って、今まで檄を上げ続けていたゴルドが、その剣で大きく、三度円を描いた。
それは、確かに脱出の合図だ。
屋敷内にはもう見張りはおらず、易々と外に出ることが出来た。ゴルドの姿は遠く、ただ宵の帳の彼方から、兵士達を煽る野太い声だけが聞こえてきた。
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