《U》
約束の場所に着くと、隠れているつもりなのか、藪の中からちょこんと顔を出したユミールがいた。こちらの姿を見つけると、ガサガサと音を立てながら這い出してくる。枝が擦れるのか時々「痛っ!」と声が上がった。
「……大丈夫か?」
「はい、大丈夫です……それよりもレオン様、少々遅いかと」
「ああ、すまない……色々手間取ってな。ゴルドとかいう奴のお陰で助かった」
「あの人も、スクリュー司教に不満を持つ一人です。まともな信徒なら、あの金の亡者のことを良く思う人はいませんけど」
普段は穏やかなチカの言葉に、棘が生える。どうやら噂通り、司教の集まりは教会の権力を使って、好き放題やっているようだ。
「それで、何処にあるんだ?その入り口とやらは」
「こちらです」
再び藪の中に入っていくチカの後ろについて奥へと進んでいく。その先には少し大きめな石が不自然に置かれていた。どうやらこれが目印らしい。
「ここから木に向かって一歩、二歩、三歩……ここです」
チカが示した場所を少し掘ると、暗闇の中で錆びた金属製の蓋が顔を覗かせた。邪魔な土を全てどかしてその蓋を開けると、何年も使われていないせいか、夜風に乗ってすえた臭いが鼻をつく。
「ここから、西塔の地下倉庫に侵入できる筈です」
いわゆる秘密の抜け道というやつだ。大聖堂ほど重要な建築物なら抜け道がある可能性は高かったが、それをチカが知っていたのは僥倖と言う他なかった。
「案内、頼めるか?」
「はいっ。それに私がいないと、レオン様は自由に動けませんから」
にっこりと笑って言う。彼女のその笑顔が今は頼もしい。
松明を灯し、真っ暗な抜け道を二人で歩いていく。剥き出しの岩肌は冷たく湿っており、時折妙な虫が目の前を通り過ぎたり飛んで行ったりする。何年もこもった空気と相まって、かなり不快だった。こんな状況でなければ、ここを通るのは二度と御免被りたい。
というか、最近は妙な路ばっかり歩いてないか……?
ここ何日かの山越えを思い出し、自然と溜息がこぼれる。
それからどれくらい歩いただろうか。不意に手にした灯りが前方にある壁を照らし出し、路が終わった事を告げる。すぐ横には、これまた古い石段が設置されていて天井へと繋がっていた。
「ここを出るときに見つかると面倒ですから、慎重に……」
チカの言葉に頷きながら、天井――地下倉庫の床を僅かに押し上げ、中の様子を見る。
だが、誰かがいるようには見えない。大丈夫そうだ。
「ふぅ……」
安堵の息をついて身を乗り出し、チカを引っ張り上げる。改めて倉庫内を見回すが、やはり誰もいなかった。考えてみれば、この日付も変わろうとしている時間帯に地下倉庫にいるなんて普通じゃない。
「この辺りの見張りは?」
「二人です。本当はもっといたのですが、どうやらレオン様が出て行かれたので見張りの数を減らしたようです」
「そりゃ好都合だ。上へ向かう抜け道の入り口は、地下階段の踊り場だったな……じゃあ、早いとこ片付けちまおうか」
地下倉庫を出て、角を曲がり、積まれた木箱の陰に身を潜める。階段の踊り場には二人の兵士がいたが、何事か話しこんでいてこちらに気付いている様子はない。
「さて、どうするか……」
「レオン様。私に考えがあります」
そう言うと、チカはごにょごにょと耳打ちしてくる。
「――どうでしょうか?」
「よし。じゃあ頼む」
決断は早い。この作戦、効果はさっき証明されたばかりだ。
「解りました……頑張ります」
緊張した面持ちで、小さく拳を握り締めてガッツポーズ。そして、物陰からさっと飛び出して――、
ビタン!
「いったぁ〜〜い!」
痛々しい音を立てて、チカは派手にこけた。
「おいおいどうした? 今の時間は自室に戻っていろと、司教様から言われているだろうが?」
呆れ顔で、見張りの二人が歩み寄ってくる。間抜けな光景を見たせいか。そこに警戒の二文字はない。
「ほら、さっさと立って部屋に戻れ!」
怒鳴られ、慌てて立ち上がるユミール。だが指示に従おうとはせず、泣きそうな顔で、今来た方を指差して叫ぶ。
「ち、地下倉庫の方に怪しい人影が……っ!」
「あぁ!? 何だと!」
狼狽の声をあげ、チカ越しに通路を覗き込む見張りの二人。注意がそちらへ向いたその瞬間、俺は木箱を蹴って跳び、兵士達の背後へと降り立つ。
「な――ッ!」
迎えた男達はあまりにも無防備。近かった方の男は腹への蹴撃で完全に沈黙。もう一人は剣を抜いて斬りかかろうとしたが「助けてください!」と飛びついてきたチカに邪魔され、俺のアッパーの前にあえなく撃沈した。
「なかなか良い演技だったぞ、チカ」
満足のいく結果に、労いの言葉をかける。しかし当のチカの顔は、演技とは違って、本当に今にも泣き出しそうだ。
「す、凄く、こ、こわかったです……」
「そんな情けない顔するなって……ホラ、後始末に行ってくるから」
気絶した見張りを地下倉庫へ引きずって行き、縛って猿ぐつわを噛ませて木箱の中に放り込む。あまりよい待遇ではないが、殺されないだけマシと思って欲しい。
階段の踊り場まで戻ってくると、チカが壁をペタペタと触って、抜け道の入り口を開くための仕掛けを探していた。
「えっと……あっ、ここですね。ここを押して――」
えい、と壁の一部分を押すと、ズズズと重い音を立てながらその部分がへこんでいく。それが完全にへこんでしまうと、今度はもっと大きい部分が動いて、人一人がやっと入れるようなスペースが現れた。
「すごい仕掛けだな……と言うか、何でお前こんなの知ってるんだ?」
「先代の侍女長が、私が子供の頃に教えてくれたんですけど……今考えたらまずいですよね」
「そんな奴が侍女長やってていいのかよ……」
一応機密事項だろうに。何て口の軽いメイド長だ。俺なら即解雇してやる。
「そんなことより、行きましょうレオン様」
再び松明に火を灯し、俺達は抜け道の階段を登っていく。
「早く私も、お姉さまとお会いしたいです」
目指すはこの塔の頂――エリスの部屋だ。
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