《V》
月の冷たい光が、矩形に切り取られた窓から差し込んでいた。青白く透き通る四角いヴェールに照らされるのは、ベッドに横たわる少女。その光景はひどく幻想的で、完全な一枚の絵と成っていた。
だがその一枚の絵は、完璧が故に脆い。ドアが立てる軋音と、廊下から入ってくる火の光は一瞬の内に絵を蹂躙してしまう。何より、部屋に入ってきた男の存在が致命的だった。それは、ここにいてはいけないモノだ。
ガチャリ。
内側からかけられるカギ。その危険な響きは部屋の静寂にとどめを刺し、浅い眠りの中にいたエリスを目覚めさせる。
「……トーマス神父?」
部屋にいる何者か――直感でそれをトーマス神父と判断し、恐る恐る声をかける。だが、反応はない。闇の中で影絵のようなソレはただ無言で、一歩一歩、自分のいるベッドへと近付いてくる。
今までエリスを照らしてきた光が、男の手元を照らした。月光に煌くダイヤ――司教から渡された短剣の切っ先が、光を跳ねて鋭利に輝く。
「……エリス様。私は残念です」
影が、おもむろに口を開く。
「貴女が悪魔と交わらなければ、私はこんなことをしないで済んだ。何もしないでよかった。とうとうと日は流れ、貴女も私も、ただ神の恩恵を享受するだけでよかったのに」
「何を、言っているのですか……?」
戦慄。恐怖。憎悪。
ありとあらゆる負の感情が、自分を責め立てる。無数の蟲に体を這い回られるような錯覚。激しい悪寒に体が震える。
沈むような重い漆黒の帳。その先に立つ神父の眼は喜色に染まり、口は三日月のような鋭い笑みを浮かべている。
何も見えないはずなのに、確かにそれが解る。
「さて、何処からえぐりましょうか? 顔? 太股? 背中? 乳房などどうでしょうか? あぁでも駄目だ。古代のある民族は矢を射るために乳房を削いだといいます。きっと大して痛くないんでしょう。やはりオーソドックスに腹からいきましょうか。切っ先でハラワタを掻き出すんですよ。上手くいくと中々死なないらしくて。どれくらい生きますか貴女は? どれくらい苦しんで悶えて、ベッドの上で踊ってくれますか?」
紡がれる言葉は、まさに呪詛。
「……あなたは、誰ですか?」
振り切れそうな理性を必死に保ちながら、影に問う。無意味だと心のどこかで解っていた。そしてその通り、無意味だった。
「エリス様、こちらへ。大丈夫、すぐ終わりますから……」
何をしようと言うのか。何が早く終わるというのか。
「いや……来ないで……ッ!」
逃げ出したい。
そう思っても、暗い愉悦に歪んだ声はエリスの四肢を恐怖で縛り、完全に動く力を殺いでいた。ただ小さな口だけが、悲痛な嗚咽を紡ぐ。
ベッドのすぐ傍に神父が立つ。月光に晒されたその顔は確かに笑い、そして歪んでいた。
「さぁ……真なる、神の御許へ!」
勢いよく振り下ろされた短剣は――しかし不意の衝撃に弾き飛ばされ、壁へと突き刺さった。
NEXT