《W》
「――ぉおぅっ!」
短剣を弾き飛ばした勢いそのままに、俺は神父へと突っ込む。虚を突かれた細身の体は易々と吹き飛び、激しく背中を打ちつけた。呼吸が上手く出来ずもがく神父。暫くは起き上がれまい。
「大丈夫かエリス!?」
剣を収め、急いでエリスを抱きかかえる。
「レオンさん……どうしてここに?」
かすれた声で訊きかえしてくるエリス。よほど恐かったのだろう。体にはまるで力が入っておらず、顔からは完全に血の気が引いていた。元々白い肌が、宵闇の中で病的なまでに白く見える。
「話は後だ! 逃げるぞ!」
エリスを抱き起こして支えながら、壁にあいた四角い穴――俺が出て来た抜け道の出口だ――に通そうとする。だがその前に、回復した神父が立った。その手にはナイフと代わって、教会の権力の象徴たるメイスが握られている。
「逃がさん。そいつは今すぐ贖罪しなければならないのだ。私の邪魔をしないでもらいたい。――そうかたぶらかされたか魅入られたか! さすが悪魔! 取り込むのは造作もないということか! いいだろう罪深き羊よ、この聖なる鎚をもって君の罪の赦しを請おう。さぁここに跪きたまえ、懺悔したまえ! さすれば君も悠久なる神の国へ――!」
雄叫びと共に振り下ろされるメイス。粉砕することに特化したそれは簡単に防げるものではない。
エリスを後ろへ下がらせ、寸でのところで必殺の打撃をかわしていく。威力は恐ろしいが攻撃自体は単調で、回避は難しくない。この鈍器さえどうにかしてしまえば、あとは問題なしだ。
じりじりと後ろへとさがりながら、神父を誘導していく。そして、壁に背がついた。
「滅びよ!」
繰り出された一撃。十分にひきつけた所でそれをかわし、空振りに終わったメイスは深く壁にめり込む。その隙に俺は剣を抜き、メイスを持つ片腕を切り落とす。
「ギャァァァァッ!」
耳障りな声を上げて後ずさる神父。俺はすかさず神父を押し倒して馬乗りになると、その喉元に切っ先を突きつけ詰問する。
「何故エリスを狙った!? 答えろ!」
「あ……ガ……」
「言わなければ――」
「――邪魔を、するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁっ!」
「なっ!?」
神父は躊躇なく剣を素手で払うと、受けた傷に構うことなく、壁に突き刺さった短剣を取り、気が狂ったように闇雲に振り回す。傷からだくだくと流れる血が飛び散り、その姿は最早、正気の沙汰ではない。
「死ね死ね死ね死ねシネェェェェェェェェェッ!」
「このぉっ!」
狂った人間に用はない。渾身の力で振るった剣は短剣を砕き、そして深々と神父の体をえぐった。
「――――!」
深く身を裂かれ、言葉にならない叫びをあげながら倒れる神父。身をよじり、もがき苦しむその様はまるで紅蓮に焼かれる蛇のよう。だがそれでも、その口は言葉を発する事を止めない。
「滅びよ異端! 悪魔と交わりし背徳の使徒どもよ! 滅せよ! 滅せよ! 我が血で清めん! その邪悪なる魂を! ケケケケケケケケケケッケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケッケケケケケケケケケケ―――!」
不意に声が途切れ、噴き出したどす黒い血が俺の顔を濡らす。神父は自ら砕けたナイフで胸を刺し、壮絶な笑みをその顔に刻んで事切れていた。
「……」
足が動かない。死体から流れる血が、俺の足元を染めていく。この場から逃がすまいと、その手を広げる。
「レオンさん……」
佇むエリスが俺を呼ぶ。
そうだ。俺は行かないといけない。何処までも逃げて、コイツが平穏に生きられる所へ、連れて行かないといけない。
足を上げる。何の問題もなく、ちゃんと動く。紅の床は、何の意味も成しはしない。
神父の首を無造作に刎ねる。ごろごろと音を立てて転がる首。蹴ると、壁に当たって奇妙に歪な形になった。だが誰も気にはすまい。醜いモノがさらに醜くなったからといって、一体誰が気を止めるというのだ?
「レオンさん……」
もう一度、エリスが俺の名を呼ぶ。大丈夫。何も心配することはない。
「逃げるぞ。狙われてるのは、お前なんだからな」
「え……?」
意味が解らないといった感じのエリスに向かって、俺は薄い笑みを向ける。
「最初から、奴等の狙いはお前だったんだ。あの夜に襲われた時から」
狙われているのは俺。そんなものは、勝手な早合点だったのだ。最初から狙われていたのは彼女。狙ってきたのは教会の手の者。俺は偶然居合わせただけの赤の他人だ。
狙いは俺の命か。俺はあの夜、刃をぶつけ合った男にそう言った。男にとってそれは予想外の、そして理解不能な言葉だったのだろう。だからあの時、隙が生まれた。
何と愚かしい話だ。そして、何と幸運な話なのか。そんな偶然が重なりあって、エリスはまだ生きているのだから。
いない筈の神は、ある筈のない運命は、ここにいる俺に何をしろと言うのだろうか。
「さっさとここを出るぞ。お前には助けてもらった借りがあるからな……だから、護ってやるよ」
NEXT