《V》




「お姉さま、無事だったんですね!」
「チ、チカちゃん!? どうしてここに!?」

 抜け道の階段を下りていく途中で、俺達は待機していたチカと合流した。

 どうして自分の後輩がこの場所に居るのか。目が点になっているエリスに対して、チカは「お姉さま」の無事を、文字通り泣いて喜んだ。

「レオン様から、もしかしたら狙われているのはエリス様かもしれないと聞かされて、助けるために協力して欲しいと言われたんです。本当に、お姉さまが無事でよかった……」
「たまたま知り合ったのがお前の後輩だなんて、偶然にしちゃ出来すぎだが……何にせよ、生きてて良かった」
「チカちゃん……レオンさん……本当に、ありがとうございます……」

 エリスも笑顔で応え、本当に僅かな間だが、俺達は生きていた喜びを噛み締める。

 そして、救出作戦は締めの段階へと移行していく。

「抜け道を出たら、ゴルドさんと一緒に北門へ向かってください。門を護る守備隊長の人にも話は通してありますから、そこから街を出られる筈です」

 この街は深い堀と城壁に囲まれていて、街を出入りするには、東西南北に設けられた跳ね橋を使うしかないのだ。

「ありがとうチカ。本当に世話になった」
「いいえ。レオン様がいなければ、お姉さまは助かっていませんでした。私は少しだけ、力を貸しただけで、お礼を言われるほどのことはしていません」

 笑顔でそう言うチカ。エリスは本当にいい奴に慕われている。

「……恩に着る」
「久しぶりにお姉さまとも会えましたし、これもきっと、神様のお導きです。お姉さま、落ち着いたら、また私とお茶して下さいね」
「もちろんだよチカちゃん。……チカちゃんも、元気で」
「はい、お姉さま。それじゃあ、私は行きます。これが最後のお仕事です」

 一礼して、駆けて行くチカ。何かあった時は、彼女の言葉が追っ手をかく乱してくれる。時間稼ぎは十分に出来るだろう。本当に、いくら礼を言っても言い足りない。

「俺達も行こう。あいつの厚意を無駄にしないためにも」

 俺の言葉に、エリスもしっかり頷き返す。大分元気も戻ってきたようだ。

 地下階段の踊り場を抜け、倉庫から再び抜け道へ。そして入り口でも出口である錆びた金属の蓋を開けて、俺達はやっと大聖堂から脱出することができた。入るときにどかした目印の石が、すぐと隣にある。これを見たのは、随分と前のような気がする。

「安心するのはまだ早いですよ、レオン殿」
「ゴルド……」

 安堵する俺達に投げかけられる、戒めの言葉。馬に跨ったゴルドが、もう一頭馬を連れてこちらに来る。

「ああ、そうだな。まだ終わってはいない」

 そう。まだ、この夜は終わっていないのだ。今宵を越えて初めて、安堵の時が暁と共に訪れる。

 ゴルドが連れてきた馬に乗る。しっかりと筋肉のついたその黒い体躯は、この馬が駿馬であることを表している。

「急ぎましょう。捜索隊は南門に向かったが、いつ戻ってくるか判りません」
「おうよ――っと、乗れるかエリス?」
「は、はいっ。ちょっと高いですけど……」
「とばすからな。しっかり掴まってろよ――いけぇっ!」

 パチン! と鞭をいれる。馬は高くいななき、予想以上のスピードで駆け始め、ゴルドの馬も後に続く。

 速さは申し訳ない。見た目通り実にいい馬だ。石畳を叩いて一定に刻まれる蹄のリズムは聞いてて心地いい。だが相方は、蹄の音を楽しむ余裕など微塵もないようだった。

「わ、わ……っ!」

 両腕を使って、渾身の力で俺の腰にしがみつくエリス。どうやら、あまり馬は慣れていないらしい。

「振り落とされるなよ――ほら、ついた」

 手綱を操り、俺とゴルドは南門の前で馬を止める。構えられた櫓にいる兵士が、ゴルドの姿を見て跳ね橋を下ろし始めた。これで、この街から出られる。

「この後は、アネスキという街に向かわれると良いでしょう。ルター司祭という方が、きっと貴方達の力になってくれます」
「アネスキか……確か南の方の街だな。解った。そうさせてもらう。色々世話になった」
「スクリュー司教の企みを阻止してくれたのですから、お礼を言うのは私の方です。道中、お気を付けて」

 互いにがっちりと握手を交わし、二度と振り返ることなく、俺は再び馬を走らせる。

 跳ね橋を渡り、街道を逸れてわき道へ。止まるつもりなど毛頭ない。危険だが、今日はこのまま馬を走らせ何処か宿を見付けるつもりだった。

 それに立ち止まれる心境ではなかった。少しでも遠くへ、遠くへ。

 後ろへ流れていく木立。ゴモラの街を照らすかがり火もどんどん小さくなっていき、地上で瞬く星のように見えてくる。エリスもだいぶ馬に慣れてきたのか、徐々にリラックスしていき、もうさっきのようにしがみ付いたりはせず、体を預けるように後ろから手を回している。背中に感じる心地よい重み。信頼してくれているのが解る。

 馬に鞭を入れ、さらに駆けた。吹き抜けていく風が、熱くなった体に心地よい。このままずっと遠くへ行けたら、とも思う。だがそれは出来ない。世界は何処かで果て、何時か終わるのだ。

 見上げた空は、まだ、夜のままだ。


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