五章〜遠い悲しみ〜
ねぇねぇアニキ。あれ、すっごくおもしろそう。
ふと気付けば、レナが隣ではしゃいでいる。俺をアニキと呼び始めた、幼き頃の彼女だ。
オレの手をぎゅっと握って、見ているこっちまで笑顔になるような満面の笑みを浮かべている。オレは笑顔が好きだった。幸せになると浮かんでくる、みんなの笑顔が。
俺は幼き日のオレとして、レナと共に小高い丘から海を眺めている。絶え間なく打ち寄せる波に響く潮騒。そして、活気に溢れた男達の声。漁村の朝は早い。浜辺では、オレの親父にレナのおじさん、他にも村中の男の人達が働いている。オレも後二年もしたら、あそこで同じように働くのだろう。
―――世界が乱れる。
海に臨む岩場で一人座っていた。潮風が強く、砕けた波しぶきが顔にかかってきたけど気になることはない。何か考え事があると、オレは何時もこうしていた。何故だか知らないけれど、この場所はすごく落ち着く。
何してるの?
不意に声をかけられ、オレはそのままの体勢で首を後ろへとやる。慣れない足取りでこちらに歩いてくるのは、隣の家に住むお姉ちゃんだった。長く伸びた髪が綺麗な、この辺りで一番の美人だ。
―――考え事は、彼女のことについてだったような気がする。
オレも親父について、海で働き始めた。
小さい頃から、最高の遊び友達として接してきた海。そこでの仕事は、思ったよりもずっと大変だった。けど、上手くやると親父は褒めてくれたし、お袋も喜んでくれた。生まれて初めて充足感と云うものを知り、そしてオレは海と生き始めた。
―――季節は流れ世は流れ、そして来たる決別の時。
蹂躙された故郷の地で、オレは絶叫する。
どうして。どうしてみんな、殺されないといけなかったんだ。村のみんなはお祈りをしていたのに。今日は祝日で、みんな神様に、ただ平和に暮らせるようにと、ささやかに祈っていただけなのに。
どうして、その最中に殺された。どうして、お姉ちゃんは辱められた。どうして、オレは生き残ってしまったんだ。
やるせない怒りを、子供の身にはあまりにも酷な激情を、ただ焼けた十字架にぶつける。
―――それはとても、哀しい夢。
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