《W》




 そして現在。

 人気のない寂れた夜の街道を、騎士の一団が進んでいた。その盾に刻まれたエンブレムは、教会に属する聖騎士団の証。だが彼らは、もうそこに属する戦士達ではなかった。

 ここより南の国に根を張る、こことは違った宗派の教会。彼らは重職のポストにつくことを条件に、この地の教会を見限り、その組織に下ろうとしていた。元より信仰心の薄い者達であるため、鞍替えにはさほど抵抗はなかった。故あれば寝返るのだ。

「ん――? 止まれ」

 先頭を行く団長は前方に立つ人影を見咎め、続く馬を止まらせた。人影は夜の闇に溶け込むかのようにじっと佇み、こちらを見ている。その両手には、対となった紅い刀身の短剣。

 教会の刺客か……?

 相手は見るところたった一人。周りは比較的見渡しがよいが、他に誰かいる様子はない。だが団長は、数以上の何かを感じていた。こいつは危険だ。戦士としての本能が警鐘を鳴らす。部下達も団長の異常を察し、前に出て隊列を組む。

「何者か!」

 夜の静寂を振るわせる野太い声。人影――まだ若い少年の顔が、ゆっくりと上げられる。

「……異端。背き生きるは無価値。ただ死をもって救いを」

 団長のそれとはまるで違う、透き通るような細い声。だがそれは嫌に響き、冷たく空気を、そして対峙する兵士達を凍らせる。

 やはり教会の手の者か。だが、もしやコイツは……いや、まさか。

「弓兵構え! 射殺せ!」

 くすぶる恐怖を払う様に、団長は声を張り上げて指示する。

「放てぇっ!」

 号令の下、放たれる矢の雨。だが少年は動じることなく剣を抜くと、目にも留まらぬスピードで突進してくる。

 避けようのない筈の弾幕。だが矢は少年にかすることさえなく、虚しく闇の彼方へと飛んでいく。そして弓兵が次の矢をつがえた時には既に、少年は一団の懐へと入り込んでいた。

「早い!」

 慌てて振り下ろされるモーニング・スター。だがその愚鈍な攻撃では少年を捉える事は出来ず、無意味に地面を砕くに終わる。そして直後、兵士は首から盛大に血を吹き上げて、自ら砕いた地面へ頭を沈める。

 殆どの兵士は、僅かな反撃さえ許されなかった。踊るようにステップを踏み、少年は撫でるように頚動脈を切って次々と兵士達を殺していく。闇夜を走る紅い線。どれだけ血を飲み肉を喰らえども、その剣の切れ味は衰えない。

 そして残った最後の一人。団長は既に片腕を失っていた。びしゃびしゃと音を立てて断続的に血が噴出している。血が足りず、剣を持つもう片方の腕は怯えるように震えていた。

「貴様……処刑人かっ!?」
「そう呼ばれているらしいね」

 少年は抑揚のない声で答え、もう一方の腕を切り落とす。地面を転がる剣が、じゃりんと不愉快な音を立てる。団長は絶叫したが、少年はまるで気にすることなく、言葉を繋ぐ。

「でも、誰かなんてどうでもいいじゃないか。貴方はもうすぐ救われるんだから。姉さんもそうやって救われた。僕は、怯える心に手を差し伸べるだけ」

 今まで無表情だった少年が、初めて感情を浮かべる。

 それは、確かな慈悲。

「生は不平等。これは仕方がないことだと思う。だけど死は等しく人を受け入れ、神の下に召す。そこには名誉も富みもない。だけどね、確かな安泰がそこにはある。悠久なる太平がある。道を外れてしまった者も、平等に受け入れられる」
「だから、何だというのだ……ッ!」

 最早立つ力もなくなり、がくりと膝をつくエドワード。少年はそれを見下ろしながら、ただ優しく笑って言う。

「だから――」

 ずぶり。

「――黙って死のうよ」

 音を立て、深々と突き刺さる紅い刃。かすれた断末魔を残してエドワードは事切れ、それを少年――カインは優しく介抱する。

「よかったね。これで貴方達は救われる。もう誰も、貴方を異端と貶めたりはしない。だって貴方は、勇敢な神の戦士になるんだから」

 これでいいんだよね? 姉さん。


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