《U》




「畜生、なんだってんだ……仕事の一つくらい寄こしてくれよ……」

 不平をこぼしながら、近くのベンチに座り込む。エリスも苦笑を浮かべながら、隣に腰掛ける。空を仰げば、さんさんと照りつけてくる太陽。朝は丁度いいくらいに感じた気温が、今は鬱陶しいくらいに暑い。

「上手く見付かりませんね……」
「誰かさんが、ずっとお目々キラキラだったせいかもな……」
「あはは……あれは、そのぉ、珍しい物が多かったんで」

 自覚はあるのか、ばつが悪そうに、舌をぺろりと出すエリス。仕草はかわいいが、そんなもんで乗り切れるほど世の中は甘くない。

「じゃあ罰として、今日は夕飯抜きだな」
「そ、そんなのヒドイです! 横暴ですよっ! だいたいレオンさんだって、妖しいお姉さんが一杯な店に、引きずり込まれそうになってたじゃないですか!」
「や、やかましいっ。あれは俺が男である限りしょうがないことなんだよ! しかし、このままじゃ夕飯さえ満足にありつけん……」

 ぐー、と間の抜けた音が素晴らしいタイミングでなってくれる。どうしてこう、腹の虫というのは堪え性がないのだろうか。

「こんなこともあろうかと、道中たくさん薬草を抜いてきたんで大丈夫です。肩こり腰痛、足の痛み、肌荒れに目のかすみ、何でもこいです!」
「もう草はいいんだよ草は――ちくしょう、こうなったら有り金全部使ってヤケ喰いだ!」
「駄目です。暴食は、神が定めし悪徳の内の一つですよ!」
「俺は永遠の成長期なんだ。それくらい許せ」
「いいえ、許しません。神の僕として、レオンさんの悪行を断固止めて見せますっ」

 勢い良く立ち上がり、睨みあう二人。その姿は犬と猿か。はたまた龍と虎か。

 対峙する二人の間に青白い火花が散り、まさに雌雄を決さんと、互いに一歩を踏み出す――その時だった。

「セレーネ! 怪しい通りは全部押さえておけ! 邪魔な物はどかしてしまってかまわんぞ!」

 え……?

 覚えのある声が聞こえてきて、俺は思わず、声のした方を振り向く。

「解りましたロンメル様。街の外は如何いたしましょう」
「いや、街の中を重点的に哨戒させろ。昔のようにはいかんが、人がいないんだからしょうがない」
「ではそのように。一番、二番は街の東側を。残りは南側の巡回に当たれ!」

 視線の先にいたのは、多くの武装した者達を連れ、それに指示を飛ばす二人組。一人は白銀の鎧を纏った、精悍な顔つきの男。もう一人は、ウェーブのかかった青髪を涼しげになびかせなが、男の右腕となって働く女性。一緒に戦場を駆けたその人達を、見間違える筈がない。

 その久し振り見る姿は、一年前に別れたっきりのロンメル将軍と、セレーネさんの二人だった。

「将軍! セレーネさん!」

 声を上げながら二人に走り寄る。向こうも聞き覚えのある声に気付いたのか、こちらを見て驚いた表情を浮かべている。

「レオンか! 久し振りだな」
「はい。北部での戦い以来です」
「お久し振りです、レオン様。お変わりない様で」
「ええ。セレーネさんも元気そうでなによりです」

 互いに再会を喜び合う。たまに思い出しては、どうしているのだろうか、と考えたりもしていたが、まさかこんな所で、こんな形で再会を果たすとは夢にも思わなかった。

「あ、あの〜、レオンさん? そちらの方は……?」

 俺の影から、遠慮がちに顔を出してくるエリス。それを見て将軍はキョロキョロと辺りを見回すと、にやりと笑みを浮かべる。

「レオン……そうか、ついにレナちゃんから乗り換えたか」
「ち、違いますよ! 変な言い方しないで下さい!」
「レオン様は相変わらず年下好きなんですね。また可愛らしいお方で」
「セレーネさんまで! これには、深い事情があってですね……」
「事情、ですか?」
「う……っ」

 俺の迂闊な一言に、セレーネさんの鋭い目が光り、思わず言葉に詰まってしまう。

 し、しまった。ついうっかり口を……。

 話してもいいものか。乾いた笑みを浮かべながら思考を巡らせる。

 ……いや、駄目だ。これ以上無関係な人間を巻き込む訳にはいかない。軍人であるロンメル将軍なら、それは尚更だ。エリスも望むまい。

「……そ、そうなんですよ! こっちの方が俺の好みだし! 髪も長いし、それに胸もあるしなっ」
「えっ!? そ、そうだったんですか……!?」

 ごまかしのために適当に言った言葉を真に受け、顔を真っ赤にしてオロオロするエリス。

 おいおい、合わせてくれよ!

 心の中で叫ぶが、勿論エリスには届かない。

「……やれやれ」

 そんな俺達を見て、ため息をつく将軍。

「そこの彼女は、教会のエリス嬢だな」
「わ、私のこと、ご存知なんですか……!?」
「アルビレンツ神学校の卒業式には、教皇様のお招きで毎年出席していてね。特に教皇様がお気に召されていた、主席の君のことはよく覚えているよ。その格好では、普通の人は気付かんだろうが」
「ア、アルビレンツって……あのアルビレンツ!?」

 アルビレンツ神学校といえば、中央国首都アルビレンツに立つ、この国一番の学び舎だ。入るだけでも大変と聞くが、それを主席で出るとは……教皇に認められたというのは、そういうことだったのか。

「お前、やっぱりすごい奴なんじゃ……」
「だ、だから本当に、たまたま試験が良かっただけなんです! 自分でもよく解らない内に名前が広まっちゃってますし……」
「で、そのエリス嬢と名も無い一冒険者が、どうしてか一緒にいて、おまけに人目を忍んでる」

 将軍がにやりと笑みを浮かべる。頭の中ではもう、こちらの抱える事情に見当をつけているようだった。

「話してくれるな、レオン? まさか愛の逃避行という訳でもあるまい」
「……」

 やはり将軍には敵わない。観念した俺はエリスに確認を取ると、一つ一つ、今まで起こったことを頭の中で整理しながら、事情を話していく。

 北部での戦いに傭兵として参加したが敗走し、途中レナと離れ離れになってしまったこと。河に落ち、流れ着いた先でエリスに命を救われたこと。

 そしてそのエリスが今、教会の中で異端として扱われ、組織に命を狙われていること。

 この短い期間に起こった、全てを話した。

 ただ、エリスのあの力のことは伏せておく。何となく、そうした方がいいと思ったからだ。

「……成る程。随分と難儀なことになっているようだな。教会を敵に回すとは」
「ええ、確かに。厄介な相手です」

 難しい表情を浮かべる二人。ロンメル将軍もセレーネさんもれっきとした軍人。その職務上、教会や、その直属部隊である聖騎士団と関わることも多々あるだろう。俺なんかよりもずっと、その力の強さを知っているに違いない。

「取りあえず話は分かった。そういうことなら、私も力を貸せそうだ」
「いえ将軍。お気持ちはありがたいのですが……」

 正規の軍人である将軍を、この件に巻き込む訳にはいかない。そう思って俺は、首を横に振ったのだが、

「その将軍というのは止めてくれ。私はもう軍人ではない」

 いつものように笑う将軍の口から飛び出してきたのは、思いがけない言葉だった。

「……それは、軍から退いたということですか?」
「色々あったんだ。私にも」

 将軍の表情は変わらない。変わらないが、少し落ちた声のトーンからは悔恨の色が見て取れる。

「それにも関係してくることだが、私も今、厄介事に関わっていてな」
「私が思うに、レオン様達にも関わってくることかと」
「俺達にも……?」

 セレーネさんの言葉に、俺はエリスと顔を見合わせる。どうにもさっきから話が見えない。どうして将軍の厄介事に俺達が関わってくるのか。

「だろうな。とにかく歩きながら話そう。付いて来い。領主の館まで行くぞ」
「領主の館、ですか?」
「私達は今、そこの警備を任されていてな」

 ふぅと息をつく将軍。セレーネさんの眉間にも、懐かしい皺が浮かんでいる。どうやら、相当に面倒なことらしい。


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