《V》




「実はここの領主の元に、ある予告状が届いてな」

 領主の館は、大通りをずっと行った所にある小高い丘の上に建っていた。街を一望出来るロケーションだ。最近建て替えられたのか造りは新しく、周りをぐるりと囲む防壁も、他の館のよりもずっと高く、ずっと堅硬に見受けられる。

「その予告状には、こう記されていた。今日この日に『貴殿の一番大事な物を頂戴する』とな」

 門の前にも、何人もの男達が見張りに就いていた。防壁の上や、物見櫓にも数多の弓兵が鋭い監視の目を光らせている。その内半数はロンメル将軍の兵。残りは領主に仕える衛兵らしい。

「そこで、警護に雇われたのが私達という訳だ。領主が、自分の一番大事な物、即ち家宝を奪われるわけにはいかん、ということでな」

 将軍の命で、内側より門が開けられる。これもまた、城に備え付けられているような重厚な代物だ。敷地内へ入っても、物々しさは変わらない。頼光の兵と、領主の衛兵。多くの武装した人間が、慌しく行き交っている。屋敷の中も然りだ。

 確かにこれでもかと言うくらい、厳重な警戒だが……。

「俺には、盗人に対する警備には見えませんけどね」
「……気付いたか」
「来るか来ないかさえ判らない人間一人に、ここまで過剰な武装はさせませんよ」

 軍団一つが物取りに押し寄せるというならともかく、たった紙切れ一枚のためにここまでの警戒網を敷くのは、異常と言う他ない。

「確かに、空気もすごくピリピリしてますし、ちょっと普通じゃないですよね……それに、今まで色んな領主さんのお屋敷に招待されましたけど、こんなに高い塀は初めてです」
「ここの領主ブラウンは、いつかこんな日が来ることを予感していましたから」
「泥棒さんが来る日を、ですか?」
「いや、来るのはおそらく、教会の刺客だ」

 教会の刺客。

 ロンメル将軍の言葉に、俺とエリスの顔色が変わる。

 まだ、狙われているのが自分だと思っていたあの夜。剣を交えたローブの男を思い出す。

「……どうして、教会の刺客が?」
「それについては、順を追って話そう」

 将軍の話を要約するとこうだ。

 この館の主ブラウンは、今でこそスタールン一帯を治める領主だが、元々は南国との融和推進派として知られる、国王の側近だったらしい。

 彼は、近年の北国による南下政策に強い懸念を抱いていた。今はまだ水際で侵入を防いでいるが、このままではいつか、中央国も北部を制圧されてしまう。常にそんな恐れを抱いていたらしい。実際、三国同盟下にある東西両国は、既に領土の一部を北国によって奪われており、ブラウンの思いは、決して杞憂とは言えないものだった。

 そんなブラウンが行動に出たのが、ちょうど一年前。ロンメル将軍の指揮の下、俺やレナも参加した中央国軍が、北国軍を退けた戦いの直後だった。

 彼は王に、今までにないほど強く、南国との平和条約締結を薦めた。既に北国に対抗するための三国同盟は締結されていたが、それに南国も加えることで、より同盟を磐石なものにしようとしたのだ。

 これを快く思わないのが、南国に対し強硬姿勢を崩さない、教会の上層部だった。

 穏健派が増えたとはいえ、未だ教会の上層部では南国打つべしの声が非常に大きな力を持っていた。南国との戦争は、元々が宗派の対立。頭の固い連中には、互いを認め合うなどという選択肢は初めから存在しないのだろう。

 その後、どのような政争が繰り広げられたかは知れない。だが結果だけを言えば、教会上層部の傀儡である現教皇から、そのまた操り人形である国王に圧力がかけられ、国王はブラウンを重職から外さざるを得なくなってしまった。その結果が、今のスタールン領主という訳だ。

「その煽りを受けて、ロンメル様も将軍から地方軍の司令官に降格させられました。国軍の中の、ロンメル様と同じ融和派に対する見せしめです」
「だから私は、セレーネや一部の部下と共に軍を退くことにした。教会の監視下にいては、国を守るという私の使命が十分に果たせなくなるからな」

 国防に人一倍情熱を捧げていた将軍が軍を離れた理由が、ようやく解った。将軍を失うことが中央国軍にとってどれほどの痛手か、あの馬鹿共は微塵も理解していないに違いない。

「……教会の中が、そんなことになっていたなんて」

 顔色を失ったエリスが、申し訳なさそうに呟く。

「別にお前が何かした訳じゃないんだ。気にしなくていい」

 少しでも元気付けようと、エリスの肩に手を置く。

「ああ。エリス嬢、君が気に病むことはない。悪いのは全て、スクリュー司教を中心とする教会上層部だ」

 全身を金で飾った、あの醜い豚面が思い浮かぶ。エリスを異端として処刑しようとしたのも、自分の権力を脅かすものは全て排除するという思考からきたものに違いない。

「しかし、その教会がどうしてここに刺客を? ブラウンを下野させることに成功したなら、そんな必要はないように思えるのですが」
「確かに、ブラウンがスタールン領主として大人しくしていれば、こうはならなかっただろうな」

 将軍は話を続ける。

 教会によって国王側近の座を追われたブラウンだったが、彼はそれでも南国との国交回復を諦めてはいなかった。そこで国の代表としてではなく、一領主として南国と繋がる方法を模索し始めた。

 その結果、彼は自分と同じ、南国の融和派と繋がることに成功する。

「ブラウンはこの街に、南国の諜報員などを匿い始めた。そしてその見返りとして、南国から様々な物資を譲り受け、裏市に流すことで莫大な利益を上げている。それらは全て、私設軍隊の拡充に当てているようだ」

 国土の大部分を海と接する南国は貿易が盛んで、海外の珍しい品物が多く入ってくる。それらを国内で捌けば、確かに巨万の富を得られるだろう。この街の賑わいは、正当なものだけではないということだ。

「つまり教会は、獅子身中の虫を潰すために、この街へ刺客を放ってくると」
「そう考えるのが妥当だろう。これは聞いた話だが、最近スクリュー司教が『処刑人』を使って、自分の政敵や教会に楯突く連中を、次々消しているらしい。ブラウンも、その一環なのかもしれんな」

 処刑人。これもゴモラの礼拝堂で男達が口にしていた隠語だ。その正体は教会に敵対する者を葬り去る、最強の凶手らしいが、姿など仔細を知る者はいないという、かなり眉唾な存在だ。これに関しては、あまり深く考えることもあるまい。

「しかし、そんな時にこのスタールンに入ってしまうなんて……」
「ああ。既に教会の刺客が、この辺りに潜伏している可能性は高い。暫くは動かない方がいいな」

 本来の目的が領主であったとしても、エリスを知っている者がいれば、ついでに片付けてしまおうと考えるに違いない。これだけ堅牢な館を襲うなら、向こうもそれに見合う物量を用意しているはずだ。それだけの数を相手にするのは俺の手に余る。 ここは少し様子を見るべきだ。

「この館から少し離れたところに、セレーネが指揮を執る詰所がある。事が済むまではそこにいればいい。他に行く当てもないだろ?」
「……助かります、将軍」
「ありがとうございます、ロンメル将軍」

 頭を下げる俺とエリスを見て、うんうんと頷く将軍。

「人間、厚意には素直に甘えておくものだ。ついでにこれも取っておけ」

 ほら、と渡されたのは膨らんだ麻袋。手に乗った重厚感は、かなりのもので、触ると中から金属のこすれる音がする。中身は見ないでも解った。

「その少ない荷物を見るに、どうやら金欠のようだからな。その金で旅の準備を整えておけ。いつここを発つか判らんからな」
「将軍……」
「本当に、本当にありがとうございますっ」
「気にするな二人とも。レオン、エリス嬢をしっかりと守ってやれよ」

 俺ははっきりとその言葉に頷く。今俺に出来ることは、これしかない。

「では私は館に戻るぞ。詰所の場所は――」





 館に戻る将軍と、先に詰所へ向かうセレーネさんとエリス。三人と別れ、一人訪れた昼の市場は、朝とは違う様相を呈していた。

 立ち並ぶ屋台も、食品を中心としたものから物品を取り扱う店に変わり、それによって客層も変わってくる。賑やかなことは賑やかなのだが、朝のような目に見えるものではなく、静かな熱気が感じられた。

俺は小脇に抱えていた軽いカバンを、肩にかける。本来なら中に入っているべき旅の必需品は、既に殆どが尽きかけていた。こんな旅になるとは思ってもいなかったため準備不足が祟ったというのが正直なところだ。今度はきちんと用意をしておかなければ。

 さて、まずは何から買うかな……。

 頭の中で必要な物を反芻しながら屋台を物色していると、突然、怒声が耳に飛び込んでくる。最初は何処から聞こえてくるのか判らなかったが、二度目が聞こえてきた時に、それが裏通りから聞こえているものだと判った。

 おいおい、何だ。ケンカか……?

 気付いてしまったのが運の尽き。気になってしまい、俺は裏道へと入っていく。そこでまた、耳をつんざくような怒声が響いてくる。

「はよ出せ言うとんやろぅがゴルァ! タマ潰すぞクソガキィ!」

 表の賑やかさとは裏腹に、裏通りは建物の影になって常に暗い。死体だって、普通に転がっていたりする。素晴らしく頭の悪いその声は、そんな暗い、袋小路から聞こえてくる。

 奥に見えるのは、三つの人影。トサカ頭とハゲ頭の男二人が、少年――俺より四つくらい年下だ――に絡んでいるようだ。

「トロトロしとったらしばき倒すぞワレェ!」

 唾を散らしながら吐かれる、絶叫に近い声。どう考えたってまともな会話をしていない。

仕方ないな……。

 俺はナイフをすっと抜くと、それを男達の方へ投げ打つ。

 タン――と乾いた音を立てて、ナイフが男達のすぐ横に突き刺さる。

「誰だぁっ!?」

 声を上げ、振り向く男達。その瞬間に投じられたもう一本のナイフが、男のわき腹の横へと突き刺さった。勿論、わざと外している。

「そいつを離してやれ。でないと、痛い目に遭うぜ?」

 馬鹿にも解る様にシンプルに言ってやる。だがそれが悪かったのか。男達は少年を乱暴に打ち捨てると、ナイフを抜き、理解不能な雄叫びと共に突っ込んでくる。

 解らん奴だ。

 三本目を抜き放ち、投擲する。ナイフは真っ直ぐな直線を描き、トサカ頭の上をかすめて壁へと刺さる。そして、ナイフの軌跡を彩るように舞い落ちる、カラフルな髪の毛。トサカ頭のトサカは、見事にそのボリュームを削がれていた。

「オ、オレ様の髪がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 断末魔に近い叫びを上げて失神する、元トサカ頭。そのあまりにも哀れな姿を目の当たりにし、もう一人の男は慌てて相棒を担ぎ上げると、

「覚えてろよ!」

 そう、お決まりの捨て台詞を残して去っていった。

「さてと……おい、大丈夫か?」

 必死に逃げていく男達を見送ってから、倒れている少年に向かって声をかける。

「……あ、ハイ。平気です」

 もう大丈夫だと悟ったのか。少年はおもむろに立ち上がると、パンパンと埃を払い、俺の方へ向き直る。

「助けていただいて、ありがとうございます。お陰で助かりました」

 笑顔で礼を言う少年。さらさらとした女のように綺麗な銀髪と、中性的な顔立ちを彩る赤い瞳が印象的だ。見た所ケガもしていないようだし、一応大丈夫だろう。顔に傷がないかどうかを確認してしまったのは、その容姿故か。

「それで、何であんなのに絡まれてたんだ?」

 あの類の奴等は理由もなしに絡むものだが、取りあえず聞いてみる。

「それがですね……実は、すっごく複雑な事情があるんですよ」
「ほぅ、複雑な事情が」
「はい。偶然とも必然ともつかない事象が幾重にも折り重なって、さっきの結果を引き起こしたんです。ですから、それをアナタに伝えようとすると、すっごく時間が掛かると思うんです」
「時間なら気にするな。俺は暇人だからな。時間はいくらでもある」

 勿論そんなことはないが、ついでだから事情くらいは知っておきたい。

「え〜〜とですね……」

 何故か気まずそうに視線を逸らしながら、少年はぽつぽつと話し始める。

「元々僕は、ここにネコを追って来たんです」
「ネコ……?」
「あ、僕、動物が好きなんです。それで、ネコがここに入っていくのを見て、一緒に遊ぼうと思って――あ、そこにいますよ」

 少年が俺の後ろを指差す。振り向くと、投げやりに積まれた木箱の上に、確かにネコがいた。雪のような、白い毛のネコだ。ちちち、と舌を鳴らしてみると、よっては来なかったが代わりに、にゃあ、と鳴いた。

 かわいいじゃないか。だが今はこっちの話だ。

「それで?」

 向き直り、先を促す。

「それでですね。一緒に遊んでたんでたら、さっきの男達がやって来て、こらガキ、ワシらのシマで何しとんねん、さっさと出ていかんかい、って言ってきたんですよ」
「……出て行かなかったのか?」
「出て行こうとしましたよ。でもその前に、あのおじさん達、おもしろい髪型してるね〜、ニワトリとはげちゃびんだね〜、ってネコに話しかけたんです。そしたら、ニワトリやとゴルァー、とか、ハゲで悪いかオンドリャー、とか言ってきて」
「……それで、さっきの結果に至ったと」

 はい、と頷く少年。俺は一つ溜息を吐くと、踵を返して立ち去ろうとする。

「わわっ、待って下さいよ!」

 声を上げ、慌てて俺の腕を掴んでくる。

「どうして行っちゃうんですか!?」
「お前みたいなアホに関わったのかとかと思うと、何だかどっと疲れてな……」

 アホなのはさっきの男達だけかと思っていたが、どうやら俺を含めた全員がアホな子だったようだ。

「あのトサカ男には、悪い事をしたな……」

 無惨に散った髪を見ながら、同情の念を覚える。自尊心の崩壊は、散発代には少し高すぎた。

「何なんでしょうね、あの人達。ひどい目に遭っちゃいましたよ」
「自業自得だ!」
「ど、どうしてですか? 僕は何も悪いことはしてませんよ。ホントのことを言っただけじゃないです」
「それが自業自得だっての。少しは歯に衣を着せる事を覚えろ」
「真実を語るのは罪ではないって、神様も言ってるんですけどね……」

 不満そうに呟く少年。それを見ながら思う。

 神よ。今だけ願います。このアホに世渡りの術を教えてやってください。でないとアナタの僕は、いつかタコ殴りにされて、天国へ召されてしまいます。

「はぁ……もう付き合ってられん。俺は行くぞ」
「だ、だから待って下さいよっ!」

 今度こそ宿に帰ろうと思った俺の腕を、再度少年は掴む。

「まだ助けてもらったお礼もしてないじゃないですか」
「お礼? そんな物はいらん。今の俺にとって一番の褒美は、フカフカのベッドに体を横たえることだ。それが解ったらさっさと解放しろ」
「そんなものより、ずっと僕はお役に立てますよ」

 自信たっぷりに息巻く少年。

「ほほぅ。じゃあ一体何が出来るんだ、お前」
「聞いて驚かないで下さいよ。子守に洗濯、料理、煙突掃除、マッサージ。さらに暗殺、謀殺、諜報、夜伽のお相手――」

 おおっ。中々やるじゃないか。

「――以外なら出来ます」

 ズルッ。

「……あれ? どうしてコケてるんですか?」
「自分の胸に訊いてみろ……」

 目の前の少年は、まったくの役立たずだった。

「今度こそ帰るぞ。俺はやることがあるんだ」
「そうですか……残念です」

 どうしてだか、本当に残念そうな少年。妙な後ろめたさを感じるが、これ以上遊びに付き合っている暇がないのも事実だ。やれることは少ないが、考えるべき事柄は山ほどあるのだから。

「僕、カインって言います」

 去り際に、少年――カインは言った。

「アナタは、何ていう名前なんですか?」
「……レオンだ。俺が行ったら忘れてくれ」

 投げやりに答える。この街を出れば、もう二度と会うことはないだろう。少なくとも、俺は会いたくない。

「レオンさん、ですか……また、会えたら会いましょう。その時は、今回のお礼をさせて下さいね」

 笑顔で手を振るカインに背を向け、俺は帰路へと着く。

 銀髪の少年の微笑みは――幼い頃の自分を彷彿とさせて――ひどく、眩しく見えた。


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