《X》
「何だ……?」
本当にそれは突然だった。急に空が紅に染まり、闇の帳が一瞬の内に取り払われた。街の方に目をやると、中心部で轟々と火柱があがり、涼しげだった夜風は、今や鬱陶しい熱を運んできている。そしてけたたましい鐘の音。館の方からだ。
急激な変化に俺達の注意がほんの一瞬逸れ――それをチャンスとみたか。敵は茂みからその姿を現した。
「レオン殿ッ!」
味方の声に我に返り、俺は慌てて身を捻り、紙一重のところで敵の攻撃をかわす。躍り出た強襲の刺客は、俺の喉笛をかき切らんと、篭手の甲部分から突き出した鋭い鉄の爪を次々と突き出してくる。完全に隙をつかれた俺はその素早い攻撃に、反撃に転じることができない。
回避の遅れた左腕に三本の紅い線が走り、血が飛び散った。敵は今度こそ俺を仕留めようと、体ごと突っ込んできた。
「く……ッ!」
剣では間に合わない。
俺は咄嗟にナイフを抜き、三本の爪に絡ませて攻撃を捌く。バランスを崩した相手は地に手を着き起き上がろうとした所を、背後から将軍の部下に斬殺された。飛んだ首が、落ちてごろりと転がる。
「お怪我は?」
「いや、大丈夫だ……助かった」
傷を確認するが、幸いかすり傷だ。応急処置だけ施しておけば十分間に合う。不本意だが、早速エリスの薬が役に立ちそうだった。
周りには、俺が戦った首無しも含めて五つの死体が転がっている。皆、闇に溶ける様な黒装束に身を固め、爪が添えられた篭手をつけていた。明らかに強襲用の装備だ。教会はこんな部隊まで用意していたのか。
暫くそのまま警戒を続けていたが、それ以上の動きはない。とりあえず、奇襲を退けることは出来たようだ。
「でも、あれは一体……」
再び街の方を見る。
街の中心の教会を火元に、炎の紅蓮が、広がる夜を喰うかのように空へと伸びている。戦闘の間にも火の手は勢いを増していたのだろう、さっきよりもさらに、辺りは明るくなっている。
どうして街が燃えている? 何が起こっているんだ?
その時、不意に茂みがガサガサと揺れる。思わずナイフを投じそうになったが、現れたのは、街の方の警戒に当っている将軍の部下だった。相当苦労して街から脱出してきたらしい。息が上がり、体は傷だらけだ。
「セレーネ様に、急ぎ伝えたいことが……!」
「よく戻ってきてくれました……こっちへ」
這々の体の兵士を詰所の中へと通し、その口から語られる報告を聴く。だがその内容は、理解し難いものだった。
「街の人間が街の人間を殺してるって、どういうことだよ!?」
問いただす声が、思わず激しくなる。
「解りません。率直に状況を申し上げたまでです」
「行動を共にしていた街の自警団は?」
激する俺とは対照的に、冷静に先を促すお銀さん。
「自警団は不意打ちを受け、ほぼ壊滅状態です。生き残った者達はこちらと協力して住民を脱出させていますが、いつまで持つか……」
「……」
これからの行動を決めあぐねているのか、黙考に沈むセリーネさん。この場で一番、賢明な判断ができるのはセレーネさんだろう。俺も将軍の部下達も、彼女の判断に従おうと押し黙る。
「――助けないと」
そんな中、沈黙を破ったのは意外にもエリスだった。
「エリス……どういうことだ?」
「すごく嫌な感じがします……館の方からも。でも本当に危険なのは街の方です。このままだと、本当に大変なことになります……ッ!」
エリスの顔ははっきりと青ざめていた。明らかな恐怖が、嫌悪が、その表情から滲み出ている。
彼女が何を感じているのか、俺にも何となく解るような気がした。ついさっきから、脳の奥がちりちりと焼けるような感覚に苛まれている。
「……セレーネさん、行きましょう」
「しかし、迂闊に動いては……」
困惑の色を見せるセレーネさん。だが、今の俺達にはもう迷ってる時間はないのだ。
「確かにそうです。けど、今聞いたことが本当なら、放っとく訳にはいきません。それに――」
「――それに?」
「俺も何だか、すごく、嫌な予感がします……」
BACK